吸ったり 吐いたり

吸ったり
吐いたり
いったり
きたり 

先日、初めてマサ先生のクラスへ行ってきた

(ちょうど先日は息子を預けることが出来たのだ)

近頃、頭でっかちで、頭が重くて仕方がなかったのが

クラスの終わりには、その重さはすっかりと消え、とてもスッキリとしていた


最近のタダヨガスタジオは寒いので、
瞑想に入る前に太陽礼拝でしっかりと身体をあたため

3分の瞑想を5回

いま、吸ってるなぁ いま、吐いているなぁ
に、集中する
頭の思考は、意識をすぐに外側へ連れて行こうとする
それを、その度、引き戻す
を、繰り返す


あれ?瞑想って腹式だっけ?胸式だっけ?
呼吸が苦しい 身体に全然入ってこない
こんなに苦しかったっけ?
そう思いながらの3分


マサ先生の
息が吸えて嬉しいな、息が吐けて嬉しいな、を感じてみましょう
の言葉と共に
また瞑想

やばい、気持ちいい
嬉しい
ありがたい
あぁ、そうか、、、
そのままでいいんだ
吸えて嬉しい
吐けて嬉しい
わたしが喜んでいる
身体の奥底から じんわりと広がる感覚を感じていたら
あっという間に終わってしまった


午後から、すず先生の特別ワークショプにそのまま参加
今度は
呼吸についての効果効能、解剖学的な見地からのお話をたっぷりと




吸ったり 吐いたり
いったり きたり

で、いいんだよね
と、思うことが最近増えている

そして、その感覚を後押ししてくれる機会にも恵まれ、このままレッツラゴー!な感じ

頑張って呼吸しなくていいんだ
今、このブログを書いている、その今も、、、、その吸う息や吐く息、、
それが、もうすでに嬉しいことでね
ありがたいことで


気持ちが行ったり来たりすることも
同じでね
わたしは、自分が「良い」と思える場所にずっと居続けようとしていたから
それが、全くもって不自然なことで在ることにも気がつかず、
自分の「在るべき姿」を決めて、そこに沿うように自分を型に嵌め、
呼吸も型に嵌め、心も体も型に嵌め、
自分の思う「正しさ」と「美しさ」と「ねばならない」で
一箇所に留まろうとしていた


呼吸をずっと吸い続けること、吐き続けることができないように
自分の心も体も揺らぎ続けることが自然なことなんだよね
ようやく、それがわかってきたよ

揺らぐ自分はいつもそのまま
そのまんまにして
共にしていきたい、と

気がつけば、世界はいつも揺らいでいる
それが、、、自分なんだと



azusa

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