変なオジサン


引き続き、ユヴァル・ノア・ハラリ氏のお話から。

ハラリ氏曰く、人間は「自己改革」が必要である、と。

自己改革とは、アップデートのことだ。
人は常にアップデートが必要なのだ。
アップデートしない人の代表例は頑固オヤジだ。
平成という一つの時代も終わるが、
いまだに昭和の価値観から抜け出せない頑固オヤジはこれからの世界にはついてこれない。
平成を生きてきた昭和生まれの我々も、やがて古い人間となる。

NewsPicksが「さよなら、おっさん」という新聞広告を日本経済新聞で出したので見たことがある人もいるだろう。

おっさんでも、頑固オヤジでもどちらでもよい。どちらにしても変化を拒否する者の事をそう呼ぶ事とする。
何も頑固オヤジは、昭和生まれとは限らない。
平成生まれであっても若くして頑固オヤジになる人もいる。もちろん、男女の別はなく。

頑固オヤジとは自分の価値観が真実であって、その価値観に普遍性を感じていて、自分が作り上げた価値観の中で生きていることにすら気が付かない人のことだ。
その価値観を守っているのがエゴだ。
エゴが作り上げた価値観を頑なに守り固めている。
頑固とはそういうものだ。

ヨガとは体と心の両面でその頑固な価値観を破壊する作業だといえる。

体の変化は感じやすい。
固かった体が柔らかくなり、これまでできなかったポーズができるようになる。
体の隅々まで感覚が行き渡り、自分の体をコントロールする感覚を味わえる。
同様に、心の方の変化の感じ方も人それぞれだが、ヨガをやっている人の大半は心の変化を味わっているのではないだろうか。

体だけでもなく、心だけでもない。

その両輪が正しく備わってこそ、人は前に進める。車輪の向く方向が少しでもズレれば車体はスムーズに動かないのと同様、人の体と心のバランスは非常に重要なことだ。

どちらかのバランスが崩れたまま、無理やり前進すれば、簡単に車輪は壊れ車軸は歪む。

体の具合が悪いからといって、体だけにフォーカスし過ぎてはいけないのは、心の方に原因があるかもしれないからだ。

そして人の心はある問題を抱えている。
体に比べて深刻な問題だ。

人類がこの地球の覇者となるために信じてきた共同幻想。
無いものを有ると信じることのできる能力。
虚構の中に虚構が作り上げられ、簡単には解けないほど強固に編み込まれていく妄想。

そもそも何も無いのに、その無いものの中に、更に無いもを作っていくという「超」能力を人間は持っている。

だから、その矛盾を感じた際に人は苦しむという問題。

実は、頑固オヤジの問題とは、この超能力の中に深く関係している。



マサ