ヨガという揺るがぬ一本


なぜ、ヨガをやっていないのにも関わらず、ヨガと同じような本質的な視点で物事を見ることができる人がいるのか?
という疑問について、原因が1つ判明した。

それは「普遍性」というキーワードがポイントとなる。

「普遍性」というものについては、「古典」と「進化生物学」という2つが鍵となるとNewsPiks編集長の佐々木氏は述べている。

古典とは、何千年という時代の風雪に耐えてきた人類の英知であって、あらゆる分野を効率的にバランスよく学習できる文献である。

また進化生物学についていえば、テクノロジーがいくら発展したとしても、 人間の根本的な欲求や本質は変わらないことを学べるのだ。

一方、ヨガについていえば 、ヨーガスートラやバガヴァットギーターはまさに古典中の古典。

これらを学ぶということは、人間の普遍的な性質や心の在り方について学ぶということだ。
すなわち、ヨガを深く学ぶということは、普遍性について深く知るということに繋がるということだ。
あるいは抽象度を高めていくこととも言える。

革新的なアイディアや次の時代を読むという能力は、別に最新のテクノロジーを学ばなければ身につかないという能力ではなく、古典が持つ普遍性から身に着けられるということなのだ。

何かを伝える際に、このように過去から受け継がれてきた知識をベースとしたうえでのメッセージなのか、裏付けのない単なる思いつきのメッセージであるかの差 は大きい。

仮に伝える内容が同じであっても、そのワンフレーズにに含まれる歴史の重みは全く異なる。

だから古典が古臭いと思って侮ってはいけない。

以上のことから、例えヨガをやっていなくても、ヨガと同じような本質的な視点を持っている人というのは、何て事でもない、普遍的な古典や進化生物学などを身に着けた人、いわば教養があるというだけのことだったのだ。

逆にいうと、ヨガを学ぶということは教養を身に着けたことと同じだと言っても過言ではない。(褒め過ぎか?)

ポストトゥルースの時代だからこそ正しい知識を得ていく必要がある。

揺るがない軸を1本、ヨガを学ぶこ とで身に着けていくということも一つの手ではないだろうか。



マサ