ただしいは まちがっていて  まちがいが ただしかった

おはようにっぽん晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ

懐かしき、寺ヨガ写真。



長いこと、


人が信じて握ってきた、


常識裏側にあるものが、


ようやく、
外に顔を出し始めている、


心屋さん流に言うなら、


パッカーンする人が、
どんどん増えてきておる。


でも、まだ。


同じ言葉を共有しても、


その言葉の真意を共有できる人は少ない。



良い例が浮かばないんだけどw、


以下、



爆笑「今日は晴れて気持ちがいいね」

ショボーン「うん、雨の日続くと嫌だもんね」


晴れも、雨も、くもりも、


それぞれの日を味わう人と、


晴れの日以外は憂鬱だと決めている人(がいたとしたら)との間に交わされる、


「今日は晴れて気持ちがいいね」は、
まるで、世界のストーリーが違う



それぞれに、


世界を見る視点が違えば、
(視点 = 抽象度 ←click)



言葉なんて、

意味を持たない。




ヨガは、


わたしが今までに教わってきたことを、


根底から覆した。




あべこべのくに、を目にして、

数秒 立ち止まったことを思い出したキョロキョロ


0.1秒も無駄にするな、的な、


生産性を上げ、
効率的に、をモットーに、


1度に複数のことを同時にしながら、今思えば、脳疲労を起こすだけの、働き方をしていたときなんだけど、


つよいのは もろい
もろいのが つよい
ただしいは まちがっていて
まちがいが ただしかった

うそが ほんとのことで 
ほんとのことが うそだった




中学生の時、
電車で陰陽の法則に気づいた時は、


まだネットもなく、
この気づきを何かで検索もできず。


それからしばらく経ってから、
何かで目にして、読んだこれ。


長田さんのあべこべのくには、
わたしを安堵感に包んでくだすった。


あらゆる物事の、
反対側にあるものをも含み、
この世界は成り立っているということ。


根底から疑え。
自分を疑え。


握るそれを手放したら、
世界は広がる。


そろそろさ、
みんなさ、


本気になろう。


必要なのは、
気持ちじゃない、
言葉じゃないんだろう、


行動していくしかない。


行動が、

無意識握る“わたし”束縛外すから。

ねむりのもりのはなし    長田弘



いまはむかし あるところに
あべこべの くにがあったんだ
はれたひは どしゃぶりで
あめのひは からりとはれていた



そらには きのねっこ
つちのなかに ほし
とおくは とってもちかくって
ちかくが とってもとおかった



うつくしいものが みにくい
みにくいものが うつくしい
わらうときには おこるんだ
おこるときには わらうんだ



みるときには めをつぶる
めをあけても なにもみえない
あたまは じめんにくっつけて
あしで かんがえなくちゃいけない



きのない もりでは
はねをなくした てんしを
てんしをなくした
はねが さがしていた



はなが さけんでいた
ひとは だまっていた
ことばに いみがなかった
いみには ことばがなかった



つよいのは もろい
もろいのが つよい
ただしいは まちがっていて
まちがいが ただしかった



うそが ほんとのことで
ほんとのことが うそだった



あべこべの くにがあったんだ
いまはむかし あるところに