誰もが、必ず、芽が出るでしょう、花を咲かせるでしょう。

あ、ものすごいスピードが上がってきたな、
と感じまふ。

自分の中の「アンバランス」に気づき始めた人たちが、自分の「バランス」を取り戻そうとする動きが、早くなってきたなと。

早くというか、スピードじゃないんだな、

なんだ、そういうことか、
と一気に目が覚める人たちが、
多くなってきたな。

自分ではないものになろうとする、
この時代が刷り込んだプログラムが、
もう、それぞれの中でバグを起こしていて

限界を迎え始めている。

それだけ。

そもそも、自分のソースにないものになろうとしているんだから、なれるはずもないし、

たんぽぽのソースを持って生まれたシードが、
時代が良かれとする、バラになろうとするようなもんで、

自分のシードに「バラになれる」
というプログラムはないのだよ。

ただただ、時代や環境や教育から刷り込まれた、
何者かにならなければならない(15歳くらいまでにインストールしたプログラム)を外していくのよ。

このプログラム=カルマが、
今世やるべき(外すべき)お題。

今、あなたがぎゅっと握りしめている、
○○でなくてはならない、
好き嫌い、こうあるべき、正しい間違い、

そういった、
各々の物差し(プログラム)
ひとつひとつを疑っていくこと。

なぜなら、その握りしめている物差し、それは。
あなたではない、時代や社会の背景、教育や環境が刷り込んだ”プログラム”にすぎない。

つまりは、
あなた、ではない。

つまりは、
プログラム、が作動しているに過ぎない。

「バラ」プログラムを握りしめていては、
自分には無い物になろうとしているのだから、

いつまでもいつまでもいつまでも、
「不足感」からは脱することができない。

あ、私はバラではなかった、に気が付く人たちが、あちらこちらで見かけながら、

こんな、面白い、時代の転換期に生まれて、
面白いなぁと最近思うんだ。

バラになろうとしていた人が、自分はたんぽぽのシードをもって生まれたんだって思いだしたら、

あとは、
そのシードに水をやる、
光を浴びる、雑草を抜く、

必ず、芽が出るでしょう。

花を咲かせるでしょう。

自分がどんなシードをもってうまれたのかは、

「バラ」プログラムを握っていると、

なっかなか分からないもんだからね、

ヨガをするのです。ヨガを。

ヨガをして、呼吸をして、
脳波がリラックスするとき、

「バラ」プログラムが、
スリープモード(人間脳・思考が止まり)
になるんです。(これが瞑想の状態ね)

スリープモードになったときに、

あなたは本当はたんぽぽだよ、といった、
シードからの声が聞こえてくるさね。
(これがインスピレーション、直観。爬虫類脳という本能が優位となる)

それを、行動に変換していけばいい。

自分のシードを思い出して、
ブラッシュアップしていくのだ。

これが、自分の本質に繋がるということ。
これが、ヨガの目的。

ヨガをしよう。

本当の自分を思い出し、
本当の自分の人生をクリエイトするための、
本当のヨガをしよう。

みなが、
何者かになることをやめて、

みなが、
自分のシードを育てて花を開かせたなら、

この世界は、
本当の調和を取り戻す。

観たいねぇ。

って、言ってる前に、私も引き続きブラッシュアップしなくては、だね、

こんな偉そうなこと言っているけれど、自分、ようやくスタートラインに立ったところ、そんな気持ちの今日この頃ですの。

shiho