陰ヨガってなあに?またそのプロセス。

今日は、私がお伝えしているヨガ、
「陰ヨガ」についてのお話。

「陰ヨガ」とは?

大きな特徴は次の二つ。

・1つのポーズを3~5分間という、ヨガの時間としては割と長めの時間をかけて行うこと。
・リラックスした呼吸で筋肉の力を使わずに行うこと。

ポーズの最中は、痛みに耐えながら行ってはいけません。怪我につながり、また長時間とどまることが苦痛になってしまっては、陰ヨガをする意味を失ってしまうからです。

自分の身体を注意深く観察し「自分が心身ともに楽に、安心して、その場に居ることのできる場所」を、まずは自分で探すことから始まるヨガです。

この「自分が楽に、安心してその場に居ることのできる場所を探す」ということが、最初、私には随分と難しく感じられました。なぜなら、もっともっとというエゴと、結果を求めて動くという意識(ヨガ哲学的に言うと、ラジャスティック)がいつのまにか働き始めてしまうからです。あと「自分は楽をしてはいけない」という思い込みや罪悪感のようなものも、実はこっそりと隠れていました。

しかし、実際に陰ヨガを自分の練習に取り入れ始めてから、少しずつ自分の考え方に変化が生まれてきた気がしますし、以上の自分の心の働きについて、以前よりも良く気がつくようになってきました。

また、床やプロップス(ヨガブロックやボルスターなどのこと。ポーズをする時に身体を支えてくれる、自分を手助けしてくれる道具のことです)に自分の体重を全て投げ出す時、投げ出しているのは、自分の重さだけではないことを知りました。まずは、その支えてくれる床や道具たちを、こちらから信頼しなくてはならないことに気がついたからです。

ポーズに入り始める最初のうちは、まだおそるおそるです。「この力を抜いてもいいのだろうか?」と身体が言っている(言い方が少し変ですが、身体の声はそんな感じなのです)ようで、一気に力を抜くことはなかなか出来ません。身体というものは、それだけ普段気を張っているのだとも思いました。(それが生きている、ということかも)

時間の力を借りると、力を抜こうという自分の意識と決断が、自然と出来るようになってくるように感じます。そして少しづつ少しずつ自分の力を抜くことができるようになってくる。そうすると、その時初めて、自分は、自分以外の何かに対して、全幅の信頼を寄せることの勇気というのか、そんなものが必要で、また決断をするということは、自分で意識的に行わないと出来ないということにも気がつきます。なぜならば、自分以外の何かに自分を委ねることに、ある種の恐れを抱いている、ということにも気がついてくるからです。

自分の重さ、身体の力、そして全てを委ねる時の怖さなどを少しずつ手放しながら、自分と同化しているエゴや恐れも少しずつ手放していく。

陰ヨガは、それを体感として理解しやすいヨガなのではないかなーと、私は感じています。

azusa

↓写真のように、壁に助けてもらうポーズもあります。